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ドアが小さな音を立てて閉じると、ルルーシュは小さく息を吐いた。 「スザク」 少し咎めるような声音で名前を呼ばれ、スザクはびくりと体を震わせた。怒られると思ったのだろうか、再び辛そうな気配を纏い、ルルーシュの手を握っている手が僅かに震えていた。 「ご、ごめん、ぼ、僕・・僕、は・・・」 あからさまに動揺しているスザクに、ルルーシュは訝しげに眉を寄せた。 「どうしたんだお前・・・さっきからおかしいぞ」 「・・・」 「スザク、何かあったのか?」 ルルーシュの手を握っているスザクからは何も反応が返ってこない。 何かあったのは間違いないようだ。 この目が見えていれば解った事かもしれない。 この手が、この足が、この目が。 不自由な体に、いら立ちばかりが募る。 自分で身動きが取れないというのは、なんて腹立たしい物なのだろう。 音以外で情報が手に入らないのは、なんて不自由な事なのだろう。 無力。 それがこれほど胸を締め付けるとは思わなかった。 人の手を借りる事がこんなにも後ろめたいなんて思わなかった。 きっとナナリーもこうだったのだろう。 ナナリーの全てを解ったつもりで、彼女の心の闇には気付けなかった。 この気持ちを抱え、笑う事がこんなに辛いものだとは知らなかったよ、ナナリー。 「スザク、言ってくれなければ解らない。何があった?何を隠しているんだ?話してくれないか?」 ルルーシュはその顔に笑みを乗せ、スザクに優しく語りかけた。 優しいルルーシュの声音に、スザクは安堵したように手に込めていた力を抜いた。 「・・・ルルーシュ、あのね」 「うん」 「今日、ここに・・・ここに来たのは、咲世子さんだけじゃ、ないんだ」 何度も躊躇いながらスザクはそう告げた。 「他にも来たのか?」 そう言えばスザクがここを離れた理由は車か近づいて来たからだ。 一体誰が来たのだろう。 「・・・うん、その・・・」 再び口を閉ざしたスザクの手に力が入る。ルルーシュもまた指先に力を入れ、スザクが口を開くのを待った。 「・・・カレンが、来たんだ」 「カレンが?」 ルルーシュがその名を呼んだことで、スザクの手の力はますます強くなった。 痛みを感じるほどだったが、ルルーシュは表情を変えることなく穏やかな口調でスザクに尋ねた。 「どうやってここに?他に誰が来た?」 カレンも10歳のはずだ。一人という事はあり得ない。 では誰と? 最悪扇かと思ったが、それにしてはスザクの反応はおかしいし、C.C.から連絡が入った様子も無かった。 「玉城が・・・」 「は?玉城?」 あの役立たずの玉城か? あからさまに驚いた声を上げたルルーシュに、スザクは小さく笑った。 「あと、カレンのお母さんとお兄さん。カグヤがここに来るよう手配したんだ」 「そうか。だが、玉城は扇と繋がっている男だ。どうしてカグヤはここに・・・」 扇を警戒しているのだから、ここに玉城を寄越すのは間違っている。 「わからない。だけどカレンは玉城なら大丈夫だって。問題は扇だって言ってた」 その言葉でルルーシュはカレンにも記憶がある事を知った。 扇は問題だと、会う者全員に言われる気がする。 確かに碌に能力も無く、人の上に立てるほどの人材では無かったし、首相になどなれるほどの器でもなかった。はっきり言えば副司令の地位だってあの男には相応しくはなかった。そんな男が日本のトップに立ち、各国と、特にブリタニアと多くのトラブルを抱えていた事は皆から聞いたから知ってはいるが、黒の騎士団の副司令という肩書のないただの学生に戻った扇が動いた所で何も心配はないのだが。 「カレンにも問題だと思われているのか扇は。だが、カレンと玉城が来た事で何かあったのか?」 二人が来たからといって、スザクがここまで戸惑う理由は思いつかない。 玉城が原因かと思ったが、カレンが大丈夫だと判断して連れて来たようだし、スザクも問題ないと判断したからそのままにしているのだろう。 確かに玉城は素行にも問題はあるが、根は悪い奴ではない、はずだ。 無能すぎて使えないし、勝手な憶測で予定外の行動をするし、金遣いは荒いし、自分の能力を過大評価する傾向はあったが、部下たちの面倒見はよかった。 ・・・むしろ、それぐらいしか良い点はない気がするが。 スザクがゼロとなった後、玉城は騎士団を抜けたというから、よく知らない人間が来たことで不安を感じているのだろうか? 「だって・・・だって、カレンは君の親衛隊の隊長じゃないか!」 その言葉に、ルルーシュは頭の上に間違いなく?を浮かべていた。 親衛隊の隊長だから何だと言うのだろう? そんなルルーシュに気付いたスザクは再び冷たい空気を纏ったため、ルルーシュは慌てて口を開いた。 「確かに親衛隊の隊長だったな。だが、それが何だと言うんだ?大体俺じゃなくゼロの親衛隊だろう?」 「でもゼロは君だ」 「お前もだ。それで?なにが問題なんだ?」 「違う君のだ。僕のじゃない。君の、だから」 「スザク?」 スザクの方がゼロであった期間は長いし、この時代に戻るまでは現役のゼロだった。 だからルルーシュの、ではなくスザクの親衛隊だと言うならまだわかるが、スザクはカレンはルルーシュの親衛隊だと言い切るし、そこに何か拘りがあるように思えた。 ルルーシュの親衛隊だとしたら何なのだろう? そこから先をなかなか言わないため、その間ルルーシュはあらゆる可能性を考え、そして一つの結論を出した。 「そうか、スザク。お前・・・」 「え!?」 ぎくりと身を固めたスザクは、思わず声が裏返った。 ルルーシュは頭がいい。 もしかして今のやり取りで気づいてしまったのだろうか。 スザクが抱く不安と嫉妬、そして仄暗い願いを。 警戒したスザクだったが、ルルーシュの出した答えは全く違うものだった。 「お前、カレンが好きだったのか」 もしかして俺が死んだ後、恋人同士にでもなっていたのか? だから俺の親衛隊だと言う事が不満なのか!! 謎が解けた!と言いたげな晴れやかな笑みを浮かべたルルーシュに、スザクは思わず顔を引き攣らせ、その手を強く握りしめた。 「違うから!その考えは間違ってるよルルーシュ!!」 スザクはルルーシュの勘違いに全力で否定した。 |